遊郭柳屋物語


■第一話■

 

「まったく、しけた客ね」

柳屋ののれんをくぐり、そうはき捨てる用に小さくつぶやいたのは、今しがた満天の笑顔で客を送りだしたばかりの「初子」。柳屋で働く女郎の一人だ。柳屋はこの遊郭界隈でも美人が多い事でも有名だが、初子はその中でもとびぬけて美人で、一番の稼ぎがしらである。

「そう?、でもけっこういい男だったじゃないの」

と、すこしおどける用に落ち着いた口調で返したのは、この遊廓の界隈でも一番の古株の女郎である「雪江」。一足先に仕事を終え、もう髪の結いも解いて、湯屋へいく準備をしている。

「なにいってんのよ姉さん。そんなこと言っててこの商売が勤まる訳ないでしょ」

「あーら、そうだったかしら?」

雪江はとぼけた様に笑みをうかべながら返事をした。初子だって雪江が本気でそんな事言っているわけではない事は分かっている。初子が柳屋ののれんをくぐって奥の女郎達の控えに行こうとすると、番頭の「寅吉」から声がかった。寅吉はキセルをふかしながら今日の帳簿をつけ、初子の方を見ずに声をかけた。まあ、いつもの事だ。

「ああ初子ちゃんおつかれさん。どうだい今日は?」

「どうもこうもないわよ。最近しけた客ばっかりでさあ、世も不景気なのかもしれないけど、あたいらは体はってんのよ。寅ちゃんもいつも何が忙しいのかしらないけど帳簿ばっかり眺めてないでさあ、ちゃんといい客引っ張ってきてよね」

「おーっと、今日はやけにつっかかるねぇ」

何気なくいつもの会話を交わすつもりが、わけもわからぬままつっかかってきたので、寅吉は初めて初子の方を向いて面食らったように苦笑いしながら答えた。

「ほんとだわ。あんまり怒ってるとますますいい男が寄らなくなるわよ」

雪江もわらいながら話に入ってきた。雪江は年のせいもあり落ち着いてもいるが、天性の持っている雰囲気は常に雪江の周りを和ませる。

「だってさー、聞いてよ姉さん。今日の客だって医者だかなんだか知らないけど、全然ダメ。自分はアルマーニかなんだか知らないけどすんごい良い服着て食べ物だってお隣の「ぬのや」さんからすごいご馳走とってるのに私にはお酒の一口もくれないの。そんでさあ、あいつの話ったらどこぞに別荘をもってるとかベンツもってるとかそんな自慢話ばっかりで嫌気すんだけど、まあ私も商売だからそんな客あいつだけじゃないしお金もってんだから当然見返りも期待すんじゃない?ねえ?。それなのにあいつったらチップ幾らだと思う?5千円よ5千円。人を馬鹿にすんじゃないわよ。そんなの裏の米屋のエロじいさんだって一万円はくれんのよ。あーもうだめ。それならいっそのことくれない方がましだったわ。もう2度と相手してやんないから」

「ま、まあまあ雪江ちゃん」寅吉が言った。「声もうちょっと落として。まだお客さんいるんだからさ。まあほら、でも北村先生は最近までうちのライバルの丸田屋さんに通ってた人なんだけど、初子ちゃんに惚れ込んで来て下さってくれるんだよ。それなりに力もある人だから、お客さんも紹介してくれるし、結構頻繁に来てくれるからあれはあれでいいお客さんなんだ。そう言わずになんとか頼むよ。ね?」

「え〜、いやだあ。そんな事したって私は全然儲かんないじゃないのさ。もっと歩合上げてくれるんなら考えてもいいけど」

そんな初子の態度に、寅吉は困り果てた顔をして雪江に助けを求めた。

「あらあら。初子ちゃんにも困ったものね」

「なんとかしてよ雪江ちゃん」

「う〜ん。・・ねえ寅吉さん、もう初子ちゃんさ、今日もうお仕事あがってもいいかしら?」

「いやぁ・・そ、それはちょっと。もう次のお客さんが待ってるし、そのお客さんも初子ちゃんがお気に入りだから断れないよ」

「たまにはいいじゃない。それも寅吉さんの仕事でしょ?なんとかお願いね。さ、初子ちゃん、私とお風呂行こよお風呂」

「ハーイ!やったぁ!ありがと姉さん。じゃあ寅ちゃんお先ね〜!」

と急に元気になり、走って控えに行く初子を眺めながら、寅吉はため息まじりに

「あーもう雪江ちゃんにはかなわないねぇ。もう本当に今日だけだからさ、なんとか初子ちゃんなだめといてよ」

「ふふ。ありがと寅ちゃん。じゃあね」

「あーなんなんだ今日は。雪江ちゃんまで寅ちゃんなんて・・」二人が外へと消えたあと、寅吉はキセルをふかしながら、少し微笑んで帳簿の前の座布団に座った。

 

■第二話■

この遊郭は江戸時代からつづく歴史ある場所で、その中でも柳屋は昔から武家やお殿様といったところのお抱えとして栄え、この界隈でも1、2位を争う高級遊郭として栄えてきた。

初子と雪江の二人は歩いて3分ぐらいのところにある「弁天風呂」に向かっていた。行き交う男と女郎達でざわざわとした通りは決して光はつよくはなく、通りにずらりとならんだ遊郭の2階から、女郎達の顔を見せる窓から漏れる光が通りを照らし、その微妙な明るさと呼び込みや客引きのざわめきで独特の雰囲気を出している。

 

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