北陸の峠道


地蔵峠・夕霧峠

地蔵峠は金沢市二俣町から林道に入る。車の通行止めの処にタルマの水と云うのがあり、そこから登る。
古くから医王山の登山道であり、さらに金沢と砺波を結ぶ生活道として使われていたと云われる。室生犀星
が明治39年と昭和15年頃、この道を通って医王山に登っているとある。見上峠の方に路線バスが通る様
になって、二俣道は通る人が少なくなってしまった。



草に覆われた「タルマの水」の登山口

登り口からして道は草に覆われて、歩く人が少ないことを伺わせる。たちまちズボンの裾は朝露にびっしょり
と濡れ、風のない杉林の中で汗が噴きだしてくる。犀星も小説「醫王山」で「夜つゆでからだがびっしょり濡れ
」とあるからその頃は草木を掻き分けて歩いたに違いない。

小説「醫王山」の主人公は役所の下級職で、上司から虐められ退職を迫られて、5人の子供を抱え46になっ
ては、もはや仕事を換えては食っていけない。誰にも云えず我慢も限界になり一人医王山に登るのである。
彼は辞める決心をし、山頂で気狂いの様に大声で叫んで帰るのである。

 

地蔵峠

30分程で地蔵峠へ着く。「峠にお地蔵さんがおられるので地蔵峠といいます」とある。犀星の歩いたコース
の図があるが、二俣からでも2時間以上かかるのだから、全行程となると気が遠くなる距離なのだ。ベンチと
お地蔵さん、それに案内板がある。草木が伸びて展望は利かなかった。

峠を越えると道は広く、とたんに涼しくなる。途中展望台があったりして、気持ちよく下って大沼(おおいけ)へ。
鳶岩の断崖を背に静かだ。「文豪たちに愛された神秘の池」とか(うろ覚えです)書いてあった。池に伝わる伝
説も書かれてあった。泉鏡花も医王山を舞台に小説「薬草取」を書いているが、彼は医王山に登ってはいない。
初めからお経で始まる妖しくも幻想的なお話である。

 

          大沼(おおいけ) トイレあり                     三蛇ガ滝 休むのに良い処

ここで小学校1年生くらいの女の子を連れたお父さんに出会う。私が三蛇ガ滝から鳶岩へ登ろうとしたとき、そ
の親子も後ろから登るらしかった。「初心者不向き」と書かれてあり、40°の岩壁を鎖に掴まって登るのだが、
なかなか長いのだ。高度差100mくらいだという。暑く息が切れて疲れた。おかげで写真を撮れなかった。

鳶岩へ達し岩場を過ぎる頃、明るい女の子の声が聞こえ、「やったあ」と云うお父さんの声が聞こえてきた。子
供はすごいなと思った。私は力が抜けて、当初ナカオ新道を歩く予定だったが、谷へ下り登り返すみたいなの
で、たちまち易しい道へ変更したのである。それに初心者不向きとあったし、犀星は通っていないのだし等と言
い訳を考えていた。しかし、ナカオ新道は医王山塊随一の道だと本には載っていた。

 

白兀山山頂                                     山頂の祠

少し休憩してから白兀山へ向かったが、ほんとに易しい道だった。白兀山(ここへ登ることを普通医王山に登る
と言う)に着く頃はガスに覆われて周囲は全く見えなくなっていた。無線をしていたお兄さんが一人いた。私も
無線局の免許を持っているので少しお話する。医王山は「いおうぜん」と読む。山を「ぜん」と読む数少ない山な
のである。「日本三百名山」及び「新・花の百名山」(田中澄江著)に取り上げられているという。

そこから30分で夕霧峠へ。ガスが木々や枝々の隙間まで入り込んで、道までがぼんやりしている。夕霧峠は
金沢側の呼び方で、富山側では菱広峠と呼んでいる。二つとも新しい呼び名で、古くは「菱池乗越」とか「白兀
越」とか呼ばれていたという。金沢市大菱池町から白兀山を経てこの峠へ出て福光町へ向かう生活道だった。

 

     夕霧峠のヒュッテ                             白兀山から夕霧峠へ出たところ
 
現在の峠は舗装道路が三方から合流し、立派なヒュッテもあり、昔の面影らしいものは少ない。おまけにガスが
吹き荒れて自慢の眺望も見ることが出来なかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜   

小説「醫王山」の主人公が家へ戻ると、妻は涙をためて夫を迎え、すべてを察していた妻は、夫の役所を辞める
決心を聞き、「お辞めになったらすぐに郊外に越してゆき庭のある家をかりて野菜や鶏を飼ひ、よい空気と日あた
りのいい家なら蜜蜂も飼ってもいいし、子供たちも達者になりませう。そのうち、あなたに何かお仕事が見つかり
私も針仕事をすれば今まで少し貯えたお金もありますから、・・・・・・・明日は役所に出勤して主任書記とやらの
机の上に辞職届を叩きつけて、そして永い間無理な仕事をおしつけて下すったお礼を仰有いませ・・・・・・」と言う
のである。

(7月27日)
<地蔵峠・白兀山・夕霧峠への足跡>


          目次へ