浄土宗知恩院末

摂取山 常通寺




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草創は文安七年(1450)能登畠山氏の家臣松本忠成の第二子忠元が二十一歳で出家得度
し、法名を岌誉と改めた。主家畠山氏から観世音を譲り受けて安置し、光明院と称し、後日今の
常通寺に改称した。畠山氏は自家崇敬の観音を祀ったため、以後累代厚い保護と信仰が続い
たといわれるが、詳細は不明。境内に金刀比羅社を祀ってあるのも珍しい。

七尾二十四カ所地蔵尊札所第九番

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