隠れ家でつれづれに
遠い逢瀬
私はバブルに踊ってつまづいて、能登に建てた小さな「隠れ家」のローンに
追われることになってしまった。こういった物は、手放そうと思っても売れない。
そこで、勿体ないので誰でも自由に使って貰うことにしている。
私は無精なので掃除を簡単に済ませてしまう。 四角い部屋を文字通り丸く
掃除するのだ。ところが、この「隠れ家」を人に貸すと実に綺麗に掃除をして
帰ってくれるので嬉しい。
ある知人の息子が年上の彼女を連れて何回か利用したのだが、いつも綺麗
になっていておそれいってしまった。彼が東京で学生の時、アルバイト先の店
で知り合った女性で、その店のチーフをしていたという。
この女性は大学を卒業して福井へ戻った彼との逢瀬のために、東京から能登
までやってくるのだった。越前海岸の彼の家へ行って両親にも会って結婚した
いとの話もした。福井のはずれのこの昔風の家に入ってもいいと言っていたと
のことだった。
しかしながら、彼の両親からは良い返事は得られなかったのだ。彼女が十五
才も年上だったからである。とても若く見えて、歳を聞くまでは彼の両親もその
様な歳の差に気が付かなかったという。
それに彼女は病に伏す年老いた父親を抱えての生活だったのだ。彼と彼女の
間でどの様な話がなされたかは判らないが、結局彼女が身を引くことになった
というのである。
私は彼女の心情が察せられて悲しい気持ちにさせられてしまった。彼女はここ
能登まで五時間以上も掛けて会いにきたのである。きっと切ない想いを胸に列
車にゆられていたに違いない。
(これは数年前、某メールマガジンで配信されたものです)
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