日蓮宗京都立本寺末
久遠山 長壽寺

説明掲示板
開山・開基の実考大和尚は、北条時政の末孫であり、京都立本寺六世龍華院日実上人が、
長禄元年北陸布教の折り教化を受けて真言宗から改宗。能州畠山氏の帰依を受け、同年城
山の麓に一庵を結び仏命長壽庵と称した。七尾城落城後に当地で寺号を公称したといわれ
ている。
本堂には、一年に一度御開帳される土の中より出現の土中日蓮大聖人七尾城内の奉安の
天満自在尊天神(菅原道真)、眼病平癒の行学院日朝上人が同祀されている。
七尾が生んだ室町時代末の画聖長谷川等伯の養父母は、当時の旦那で過去帳と墓碑があ
り、また能登箔打ちの元祖山崎屋の墓碑も特殊な形で現存している。釣り鐘は、茶釜師宮崎
彦九郎義一(寒雉)の作。加賀藩士山瀬三郎兵衛の娘で「振袖火事」で有名な八百屋お七の
供養塔が、母法春比丘尼の発願で建立されているなど話題が豊富である。
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