還暦つれづれ草


田舎のお爺さん



たまたま店の入り口に立っておられたので話しをする事になった。82才になる
と云うお爺さんである。耳が聞こえ難いとのことで話しがなかなか通じない。補
聴器をしても老人性難聴で、言葉が雑音に紛れて理解できない のだそうだ。
正面に向き合って普通に話すのが一番聞き取りやすいとのことだった。しかし,
私のほうもお爺さんの言葉はなかなか聞き取りにくいのである。

話しを聞くと、詩や短歌それに窯焼きといろいろやることが多いらしい。名刺代
わりにと自費出版の詩集を頂いた。 「続・雑草人生」と題されたそれは、なかな
かしゃれた装丁だ。「続」でない最初の本もあったが、残り少ないのでと云うこと
だった。むろん私はあまりこの方面に馴染みがないので、「続」だけで充分だと
思ったのだ。

短歌は筆で書いたものをそのまま写真製版したもので、わたしにはくずした字
が所々判らない。墨による花などの 差し絵も自分で書いたものだと云う。墨の
濃淡が上手く雰囲気を出しているように思われる。陶器の写真も何枚かあった
が、これも自分で焼いたものだ。実物は見ないけど,だいぶ年季が入っていると
思う。今度ゆっくりと窯を見に来てくれとのことだった。

その他にもB4の白紙にプリントした詩をいくつか見せてくれた。満州に居たと
きに行方知れずになってしまった幼馴染みのことや、95才で逝った近所の元気
だったばあさんのこと、それに中学生の頃、近所に中野重治がいて、 引かれる
ものがあったそうで、何十年ぶりに町が講演会に招いて来町したとき、自分を覚
えてくれていて、その時の感動が綴られたもの等があった。

「続・雑草人生」の中には、町の商工会の出している「まいど」と云う機関誌に投
稿した文も3つ載っていて、内容・文章力ともにすぐれたもので驚かされる。この
爺さんはいったい何者なのだと云った感じなのである。
とても元気そうで、一人であちこちと出掛けるらしい。車も毎日運転しているから
行動範囲は広い。この田圃と山に囲まれた田舎の集落では、車に乗れなかった
ら行動も制限されてしまうだろう。とても幸せな老後の生活を送られているお爺さ
んだと思った。


次のぺーじへ    還暦つれづれ草の目次へ    前のページへ