滋賀県西浅井町集福寺地区に
下塩津神社を訪ねる


遅峠の反対側から登られた峠道のことが知りたくて、三角点大師走を歩いた帰りに集福寺集落へ寄って
みた。なかなか大きな集落で、下塩津神社は集落の一番奥に山を背にしてある。大きな御神木があるが
神社そのものは小さい。 滋賀県の無形民俗文化財に指定されている「ちゃんちゃこ踊」で知られている
神社だ。


集福寺集落のはずれ  下塩津神社入り口  御神木が見える

五輪塔と云う標識があって建物の裏手に廻ると、何の説明も無いが苔むした宝塔があった。これが足利
勢に追われ、集福寺の地形に迷い、まれにみる寒気と大雪の中で悲惨な最期を遂げた新田の家臣であ
る河野通治や土井通増、得能通綱ら一族300余人を、地元の人が哀れんで祀ったものなのだろう。


なんの説明もないが

神社の鳥居のところを犬を連れて歩いている方に会えて、この辺の山道について聞くことが出来た。いま
立っている道を山の方へ目指すと、奥麻生と池原へ抜ける道があったそうで、池原へは今でも行けるかも
しれないが、遅峠へはまず道は無いだろうとのことだった。 最近は冬に薪を使わないので、山に入って
木を切ることもなく地元の人も歩かないのだという。でも、峠を目指すときは、谷が別れる所にきたら右へ
右へと行けばよいとのことだった。それと、すぐそばの家の廻りの木を指して、最近は熊がそこまで出てき
たのだそうで気をつけなければということだった。


ここから神社の裏山へ登り、尾根伝いに三方ケ岳へ登れると思われる

神社の裏手の山へ入った所は、昔は畑もあったが今はそれもなく、そこから尾根伝いに三方ケ岳にも行け
たそうで、それは沓掛の集落から登る道へ出るらしいが、今は沓掛からも誰も登らず、手入れがされない
のでだめだろうとのことだった。ときどきではあるが、山に入ろうとする人がやってくると云っていた。三方ケ
岳へは関電の巡視路を辿れば登れるとのことだ。

先日、奥麻生から峠道を辿ったとき、だいぶ上の方にも炭焼き窯の跡があったが、奥麻生の人達は炭を
担いで峠を越え、ここ集福寺からは大八車で塩津の港に運んだのだという。遅峠の方を眺めていると、昔
の風景が想像出来るような、そんな雰囲気が漂っている集落のはずれの神社だった。

('04年12月19日)

 HOMEPAGEへ                            遅峠のページへ戻る