隠れ家とその周辺点描



櫓(やぐら)



太鼓のマスターが亡くなられてから、もう太鼓へ焼き鳥を食べにゆくこともなくなってしまった。
店は息子さんが引き継いでやっていると思うが、年代が違うし客層も違うことだろう。ちょっと飲
む処がなくて寂しいと思っていたところ、新しい処が出来たのである。

櫓(やぐら)という。看板に無国籍料理と書いてある。何処が入り口かとまどうような造りだ。勝手
口みたいなところが入り口なのだ。なにしろ建物の半分は古い倉庫のままといった感じなのだ。
でも、にこやかにママさんが迎えてくれた。そう、この店を始めたママさんは、あの太鼓のマスター
の奥さんだった方なのだ。後添いで一緒になったばかりでの急逝だったから、とんだ災難だった
訳である。ちょっと気になっていたので、元気にやっておられるのを見てほっとした気持ちだ。



まあいろいろあったのだろうけど、そういった事はさておいて、ここの料理は美味しいのだ。きん
ぴらゴボウとかジャガイモを細く薄くきざんで油でいためたやつとか、肉じゃが等々うまい。感心
してしまった。聴けば料理担当のおにいさんは、上野と銀座の店で修行してきたとのこと、東京
出身の私としてはますます気にいってしまったのである。

ママさんは、マスターとうちのかみさんと私と4人で総持寺の境内で三つ葉や蕗をつんだことや、
手仕事屋でそばを食べたことを話題にして、また行きたいねと言った。まだあれから一年も経って
ないと思うが、あの時はマスターは病に冒されているとは感じさせない位元気だった。

店は繁盛していた。土曜日だったが早い時間から満員だった。帰るときその理由が判った。安い
のである。気の利いた料理に手頃な値段、こういう店がこの田舎町にはなかったのだろう。

これからは我が隠れ家を利用される方は、是非ここへお連れしたいと思うのだ。帰る時、開店
記念のタオルを持ってママさんが外まで送ってくれたが、女の人は強いなあと思った。順調に
ゆくように願わずにはいられない。

(’00−04−01)



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